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ブラジル カポエイラ協会
1995年、高校時代からの友人、横手貞一郎氏(現GROUPO DE CAPOEIRA ANGOLA CENTER
JAPAO)の勧めで カポエイラを始め、1996年にニューヨークで本格的にカポエイラを学ぶ。最初の師はAXE CAPOEIRA(後のABADA CAPOEIRA)のMestranda EDNA LIMA。
1997年、カポエイラの聖地ブラジル、バイーアへ。メストレKING KONGのもとでヘジョナルの修行をする一方、メストレROBEBALにアンゴラを学ぶ。 その他にBUGUERO、CHINA、MOAなど 様々なメストレのもと
でそれぞれのスタイルを吸収し自分のカポエイラを模索する。その後在日ブラジル人のカポエイリスタ達と交流をもち、1998年に在日ブラジル人と共にCordao de Contas do Japaoを設立。当時アシスタントとして
団体の運営やイベント参加など多岐にわたって活躍。1999年6月、Cordao de Contas本部より館長であるMestre DECIOが来日し日本支部で3ヶ月間カポエイラを指導。この時に第一回目のBatizado(バチザード:昇段試験)を開催。
同年11月、Rio de Janeiroに渡りCordao de Contas本部のMestre DECIOのもとでさらに深くカポエイラを学び現地のBatizadoでInstrutor(インストラクター)に昇段。カポエイラネームSAMURAIになる。
地元のショーなどにも参加し、新聞などにも紹介される。その他ParanaやMinas geraisへ渡り他流派のBatizadoに参加して技術に磨きをかける。
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経歴
| 1995年 | 横手氏の勧めでカポエイラに出会う |
| 1996年 | アメリカ ニューヨークへ渡り、カポエイラのスクールに通う |
| 1997年 | ブラジルへ渡り、いくつかの流派の道場を渡り歩く |
| 1998年 | 在日ブラジル人と交流を持ち、横浜のスタジオを借り、現団体の前進である組織の活動を開始する |
| 1999年 | ブラジルより館長(Mestre Decio)を招き、3ヶ月間指導を受け、同年リオ・デ・ジャネイロへ渡りインストラクターの資格を得る。 |
| 2000年 | 東京で活動を開始する。 |
| 2002年 | リオ・デ・ジャネイロ本部昇段式にてProfessor(教士)に昇段 |
| 2006年 | リオ・デ・ジャネイロ本部昇段式にてContra Mestre(準師範)に昇段 |
日本支部代表からの挨拶カポエイラに興味をお持ちになり、私たちの団体コハダン・ジ・コンタス日本支部のホームページをご覧いただき有難うございます。近年、日本でも「カポエイラ」という言葉を耳にする機会が増えてきました。それは、日本や本国(ブラジル)も含め、世界中のカポエイラをする者達の努力の賜物だと思います。ある時はダンスに見せかけ、ある時は音楽、ある時は格闘技、またある時は芸術としてあらゆるジャンルと融合し、カポエイラ独特の世界観を作り、今の世の中に溶け込んできました。それは、先人達の残した「技」が卓越したものであり、今尚必要とされているからに他なりません。私達は日本人としてこの「カポエイラ」をただのスポーツとしてではなく、ブラジルのアフリカから連れて来られた奴隷達が残した「技」を受け継ぐ者として、謙虚な気持ちで稽古していきたい次第であります。当団体は、毎年夏にブラジルのリオ・デ・ジャネイロより団体最高師範Mestre DECIOを日本に招聘し、日本支部での活動を監督してもらうとともに、稽古の成果を昇段式という形で評価してもらい、今ではかなりの有段者も増えてまいりました。お陰さまで来年で丁度10周年を迎えます。 有段者の殆どが、本国での修行も経験しています。現地で宿舎を提供してもらい、住み込みでの稽古を頻繁に行っております。毎年数名ではありますが、既に30名以上の人間が渡伯しました。そうした活動により、本国と殆ど変わらない内容で指導する事が出来るようになりました。環境や文化は違いますが、今では日本にも「カポエイラ」はあります。と自信を持って言えるようにまでなりました。日本支部代表という立場ではありますが、まだまだ私自身修行の身であります。初心を忘れず謙虚な気持ちで、カポエイラの理解、発展に努めていきたい次第であります。 2007年3月27日 ブラジル カポエイラ協会 コハダン・ジ・コンタス日本支部 代表 池村貴志 |
ブラジル カポエイラ協会
1997年、留学先のアメリカ合衆国ハワイ州でカポエイラと出会い、稽古に励む。
帰国後、様々な繋がりを経て2000年にCordo de Contasに入門。
2001年に単身ブラジルへ渡り、Mestre DECIOのもとで修行。アペリド”TIGRE”を授かり帰国。
同年のBatizadoにてMonitorとして洗礼を受け、コハダン・ジ・コンタス千葉支部(Cordao de Cotntas do Japao Chibaを創設。
その後も毎年渡伯を続け、2003年にInstrutor、2006年には現地のBatizadoにてProfessor(教士)に昇段。
現在千葉県松戸市を中心に活動中。 |
千葉支部代表からの挨拶格闘、演舞、音楽、文化、哲学… カポエイラを言い表そうと試みる時、様々な言葉が浮かびます。そしてその度、どの言葉も全てを語るには到らず沈んでゆくのです。カポエイラ。私の学が拙い事もあるのでしょうが、やはり言葉という媒体では全てを伝えきる事は出来ません。 しかしそこには先人達が抱き続けた「自由への渇望」を確かに感じることが出来るのです。「− 我、何事にも縛られず −」 その強い強い意思は時代を越え、国境を越え、人種をも越えて、今も止むことなく世界に広がり続けています。 地球の裏側からやって来たカポエイラは、日本独特の文化とどう溶けあい、根付き、自由を得るのか。 「世界に誇る日本のカポエイラ」を目指し、Cordao de Contas do Japaoは活動していきます。 2007年5月1日 ブラジル カポエイラ協会 コハダン・ジ・コンタス千葉支部 代表 中村理 |
ブラジル カポエイラ協会
カポエイラを初めて知ったのが、幼かった頃に格闘技の本の中でカポエイラが載っているのを見たときだった。自分の父親がもともと武道経験者でもあった為か、小さい頃から武道、格闘技には興味があった。学生の頃には剣道と空手も経験した。
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ブラジル カポエイラ協会
2001年、Cordao de Contasに入会、現Contra Mestre SAMURAI(池村貴志)に師事。2002年、カポエイラの魅力に引き込まれ入会半年後、会社を辞めブラジル
リオ・デ・ジャネイロ本部に渡り館長Mestre DECIOの元で修行。自団体パラナ支部Mestre SAPOや他団体のMestreと交流を持ち、本場のカポエイラに触れ多大な影響を受ける。
館長よりアペリード、"ALBATROZ(アウバトロス)"を授かり帰国。2005年、2度目の渡伯。地元のFestaにてカポエイラ・マクレレ披露に参加。さらにカポエイリスタとしての経験を深め帰国。帰国後、日本支部第6回BatizadoにてMonitorに昇段。同年9月、Cordao
de Contas do Japao 神奈川支部として活動を開始。 2006年、神奈川支部として4人の生徒がカポエイリスタとしての洗礼を受ける。2007年、3月、3度目の渡伯。現在、神奈川支部代表として活動中。 |
![]() ブラジル カポエイラ協会
2001年12月、京都御池の地下街でカポエィラと出会う。8歳から真剣にプロ選手を目指し続けてきた野球をついに断念し、その後の自分に迷いを感じていた25歳の冬だった。
幼い頃からブルース・リーに憧れていた事もありカポエイラのダイナミックな動きに感動!すぐにのめりこむ。2002年5月東京に引越し、新たな練習の場を求め、Cordao
de Contasの門を叩く。その洗練された練習方法を見て、迷わず入門を決意。同年8月のBatizadoにてMestre DECIOより最初の帯(黄緑)とアペリドMAO
DE ONCA(マオン・ジ・オンサ:豹の手)を授かる。その後も日本支部代表SAMURAIのもとで修業に励む。 |

